山本周五郎おすすめ

酔いどれ次郎八

本書タイトルの『酔いどれ次郎八』では上意討ちの本懐を遂げた後に自分の真意を隠し友と許嫁のために一芝居を打つ次郎八の清廉豪傑な立回りではあるがあまりにも切ない短編、『彦四郎実記』忠臣監物彦四郎の人柄立ち位置が爽快圧巻で私好みの短編、心地よい切なさは残るが爽快な展開で話が進む『浪人一代男』、陸奥守綱村がらみの伊達騒動の悲恋エピソード『牡丹花譜』、私が本書で一番好きだった☆『武道仮名歴』戸来伝八郎の迷いがない豪快で且スマートな立回り、お縫との掛け合いがなんとも後味が良い傑作でした。『あらくれ武道』浅井長政家臣、宗近新兵衛のエピソード、他全11編の短編集です。

風流太平記

【これぞ周五郎作品】

堅実冷静な長兄、冷徹沈着な次兄、そして剣は立つが情が厚すぎる故に使命を外れる末子の主人公万三郎３兄弟が紀州家藩主治宝の叔父にあたる左近将監（頼興）の謀反を阻止すべく妻子・許嫁を巻込み命を賭して抗う物語です。本小説の流れは実話の如くスリルに満ちた派手な活劇、緊張感そして人情噺でほっこり、最終章では感涙必至でまさかの、そー来たかで〆最高の読後爽快感を味わえます。「つな」と「かよ」の絶妙な恋心の描写と活躍は本編に光明をさし私の最も好きな周五郎作品の１つです。

正雪記（上・下巻）

由比正雪の出身が我が郷土清水であることから前々から関心があったのですが慶安の変の顛末を知っているだけに正雪ものは読みあぐねていたところ周五郎作品を知り、楽しめるのではと手にしました。正雪の修業時代から顛末までを枝葉の話から積み上げ関ヶ原の合戦後の西側諸国大名の改易・取り潰しによって扶持がもらえず浪人となった侍たちへの弾圧による悲惨な扱いを実体験し、義によって天下泰平と万民安堵のために奔走していく流れが見事に描かれています。本作を読み終えて政権維持の為に革新勢力を闇雲に弾圧する江戸時代前期の老中松平信綱は幕末の大老井伊直弼、軍学者由比正雪を吉田松陰に置き換えれば親藩を含む諸大名までに遺恨を残し幕府崩壊の発端となった安政の大獄を連想します。

白石城死守

題目の『白石城死守』は全6編中の１小説です。家康の関ケ原合戦への誘導合戦である上杉征伐中に三成の挙兵を知り家康軍が引き返す時点での伊達勢が奪還した旧領の城を死守する物語で周五郎ならではの忠臣の在り方を描いた感動作品です。他、自分としては『豪傑ばやり』の爽快な忠臣、切なくもあっぱれな忠臣を描いた『矢押しの樋』が好きで胸が詰まる作品でした。


栄花物語

【近代日本の先駆者】

相良藩主であった田沼意次と云えば賄賂・金権政治で失脚した老中のイメージですが実際の人物は牧之原市(相良)資料館に足を運び私が見聞きした限り相良藩領民には非常に親しまれていた事が伺え、江戸屋敷でも国元でも自身では質素倹約を貫き付け届け(賄賂)に関しては拒まないが利用可能な殆どを改革事業の手立てにしていたようでこのイメージは後の政権の脚色が否めません。確かに当初農民たちを苦しめたのは事実だったかと思いますが農民の為にも最も心血を注いだ幕政改革の柱である金銀会所案（今でいう日銀相当）、治水工事、対ロシア防備のための蝦夷地開拓案等の斬新な日本に有益な改革提案はいずれも財政緊縮と武家士風権威に執着主張する松平越中守定信（白河侯）並びに利権を独り占めしようとする豪商等の反田沼派につぶされてしまいます。現代アメリカの日本史研究者ジョン・ホール氏は田沼意次を近代日本の先駆者とさえ言っています。田沼政治は明治維新の政策に近く時代が早すぎた賢者であったと思えます。病弱な家治が剛健で意次へのサポートが継続し水害・飢饉・一揆が重ならねば幕末の幕府財政も潤沢であったことは想像に難しくありません。本作は旗本崩れの戯作者進二郎と生真面目な旗本役人を通して未来永劫盤石な幕府財政維持のため尽力した田沼改革の苦悩を町人目線から攻めた秀逸作品です。

日日平安

全11編の短編集です。中でも『水戸梅譜』はわずか25ページの短編であるがこの短い小説の中に光圀の品格・威厳・温かさを凝縮させ人物の大きさを感じさせる語り方は周五郎ならではで読書中自然に涙が頬を伝いました。本書名になっている『日日平安』においては題目どおり平穏な日々を過ごしていた城代家老を政敵から奪還する話なのですが主人公の浪人が飄々として知恵を使いテンポよく藩の内紛を爽快に解決する話であっという間に読み終えてしまいます。この話は椿三十郎の元ネタとのことですが主人公のキャラは全く別物です。もう一つ『若き日の摂津守』この短編は暗愚な藩主が領民の窮乏状況を知り目覚めてゆく話で最後まで一気に読み切れ、続編が読みたくなる一話です。下名が明るく爽快な小説を好むこともあり特にこの３編をお気に入りに上げますが他も秀逸作品ばかりです。悲しく切ない話もありますがそれだけで周五郎小説は終わらせません武門・親友・縁者等、人の絆を掘り下げ必ず一縷の光明を差し結んでいます。

人情武士道

全9編の短編集です。『風車』はかつて使えていた主人を陰で思いやる話で悲恋ではあるが周五郎ならではの心地よい読後感を味わえます。『武道用心記』は武士とやくざ者との人情噺ですがとても心が温まります。『竜と虎』は老職の管理職と配下の役人とのやり取りですがこれも結末がどうなるのか一気読みの短編で現代の会社組織や家庭内でもこんな親子がいたらさぞ楽しかろうという絶妙な逸品。『大将首』も大好きな話です。妻が良い、主人公の浪人も良い、とにかくこんな心地よい武家夫婦をテレビで見たい。『人情武士道』これも最後の数ページで読者は拍手喝采。

信長と家康

信長と家康の臣下たちの話を4編ずつ綴った短編集です。信長編の『曽我平九郎』は信長の平九郎と若菜への無骨な愛が可愛くてたまらない、平九郎の嫁取りに被せた感動秘話です。『違う平八郎』もなかなか本田平八郎に負けぬ武者と自覚するまでが著者ならではで楽しく読めます。家康編では『夫の鎧』ではやはり周五郎最後のページで感動の涙。『落ち武者日記』では落ち武者となった石田光成家臣と家康とのやり取りを世話になった村女を介して武士の本道を覗かせています。

人情裏長屋

全11編の短編集です。周五郎ですのでどの話をとってもはずれはありません。最初の『おもかげ抄』は大好きな話です。愛妻に先立たれた腕の立つ孤独な浪人の生き方を周五郎が見せてくれます。もちろんこの話も最後の数ページで泣かされてしまいます。『泥棒と若殿』は序盤シリアス調で始まるが屋敷に入り込んだ泥棒に世を捨てようとしている若殿が救われていく流れがコミカルにも感じる。そこは周五郎最後は裏切らない爽快な結末を用意しています。写真の『人情裏長屋』は最近高橋克典でBS放映していましたが原作はこちらの短編です。腕は立つ浪人が他人の赤ん坊を成り行きで育てるはめになるのだが情が移った赤ん坊との別れの時までの人情噺がとても心地よいお話です。

雨の山吹

全10編の短編集です。『暗がりの乙松』大所の旦那が実は世間で義賊と言われた男で盗人の義賊への筋違いな憧れを正道に導くという武士が出て来ないちょっと考えさせられる短編です。二人の心理描写がやはり面白い。『強情同士』強情な殿とこれに輪をかけた強情物だが口達者な切れ者の家臣との絶妙な掛け合いは全くもって爽快で面白い以外に例えようがない。『彩虹』も大好きな話の一つです。結末は書けませんが一人の女性をめぐって悪友を気取った友人、実は・・という感動的結末の物語です。『山茶花帖』大好きな話ばかりなんですがこの話も大好きです。漢学も三味線もやる茶屋の芸妓と大石取りの若との今風に言えばラブストーリーなのですが八重という女性の健気さ新一郎の粋過ぎる計らいに泣ける。

町奉行日記

全10編の短編集です。『金五十両』目先の金に目がくらまなければその先には幸がある。『私です物語』これも面白い抱腹絶倒というのではないが、なんでも他人の仕損じを”それは私です”と主君にも上役にも言いくるめる展開が小気味いい。結末も晴れやかな気持ちにさせます。『法師川八景』健気で気丈な女性を扱った胸を打つはなしです。『町奉行日記』江戸から藩政改革に来た暴れん坊将軍的な町奉行の話で、次の手はこう来るのか、という内に爽やかに結末を迎えます。山本周五郎の小説は何度も書いていますがとにかく最後の数ページで泣かされます。感動をもらい、爽快感を与えてくれます。

花杖記

全10編の短編集です。最初の『武道無門』は小身の臆病な武士が殿の目に留まり名古屋城の偵察の共をして地道な活動で才能を発揮します。結末はやはり爽やか。『逃亡記』これは序盤中盤は何々？どうなるの？という感じで事が進みええーって感じでどんでん返し結末です。かなかなかこのスピーディーな展開は面白い。『肌匂う』は周五郎には珍しく艶話ですが何故か男として無念さを残しての結末だがこれでいいのだ。『小指』は主人が小間使いの八重がかけがえのない人であった事を知る話で不覚にも読んでいて感動で涙ぐんでしまう話です。『備前名弓伝』はまさしく能ある鷹は爪を隠すが如くの武士の話で読後の爽快感は格別の作品です。
◎山本周五郎全集の10巻『風流太平記』、14巻『楽天旅日記 花も刀も』、４巻『小説日本婦道記(女性陣の活躍)』は秀作で個人的には1・2巻『樅ノ木は残った』や３巻『さぶ』のメジャーな作品より好きなおすすめ作品です。

写真：新潮文庫/講談社文庫ブックカバー